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太賀を直視できない

私が俳優・太賀を知ったのは、川島小鳥の写真集『道』の表紙からでした。

 

太賀は売れっ子の若手俳優で、ドラマや映画でもよく見ます。若手の中では顔つきが幼く、野良みがあるが凛々しい顔をしてる。童顔好きの私なんかはもう、完全に好きって顔をされてるのですが、川島小鳥という写真家はこれまた童顔っぽい人物を撮らせたら凄い方。撮られた人はみんな宙に浮いてるみたいになるので、極楽浄土に来たのかと思う。かぐや姫の物語の天人の音楽掛けても似合う感じ。無邪気すぎて怖いくらい。

 

その2人がタッグを組んだ写真集『道』の表紙には、太賀くんのお顔がアップで撮られています。切迫感がある距離ながら、カメラに対して緊張感なく、あどけない顔つきでこちらを見つめる太賀。透き通すような瞳には、社会の生きづらさや怨恨など全く感じさせず、純朴だったであろう彼のこれまでの人生がありありとみて取れました。

 

太賀くんのことが初見からどタイプだった私はひそかに活動をチェックしていました。しかし、最近になりメディアに出まくってる彼を見つけるたびにすぐ目を背けるようになりました。それだけでなく、見るとむず痒くなってしまいます。一体なぜか。

 

きっかけは、Twitterでの出来事。私は、雄くさい人が好きです。でも素直に好きとはなかなか言えない。理由はいくつかあって、まず自分が線が細いタイプの見た目をしていること。雄くさい人はノンケ世界でいうところの佐々木希のため、そりゃもう人気があります。モテそうな人の周りには神輿が上がっているのがゲイ・ワールドの常なので、私はお呼びでないことが多い。そもそも自分と全く逆のタイプにアプローチするのはかなり勇気いること。なんか尻込みする。

 

また、雄くさい人は内面が素直です。彼らはいちいち社会情景を細かく分析したりしません。難しーことわかんねーわ!笑クヨクヨしてるより、外出ようぜ!太陽の光浴びたら元気も出るっしょ!(^^)と言わんばかりにポジティブを放っています。私は内面がセーラーサターンなので、月野うさぎwith仲間たちと素直に仲良くできない。月夜をバックに意味深な顔して、フフンとTwitterで動向をチェックするのみ。ひっそりと見る分には、私の心は傷つかないのです。

 

太賀くんはそんなささくれた私の心に癒しをくれました。彼のことは素直に見ていられる。安心する。めちゃくちゃかわいい。と、いつもの私なら友人に吹聴するところでした。

 

ある時Twitterのゲイが、太賀くんかわい〜。と言っているのを見つけました。おっ、太賀くん好きな方が他にもいるんだ!と一瞬喜びましたが、よく見ると他にも若くてオシャレそうなゲイの方は、だいたい太賀に言及しているではありませんか!私はゾッとした。なぜなら、今までずっと太賀くんのように純朴で、地味めだけど端正で品がある、こういう可愛さは私だけが知っていると思い込んでいたから。太賀くんの可愛さを知ってる私に、ちょっとだけ特別感を感じていたから。

 

一瞬で打ち砕かれてしまいました。私はなんて事のない、ただの一般人間。"良さ"を分かっている人は腐るほどいて、それなのに"良さ"と呟く人をちょっと小馬鹿にしていた。私はサブカル糞野郎だったのだ。太賀くんが他のゲイにも好かれることが凄くイヤで、そんな自分を悟られたくなかった。

 

恥ずかしいですよね、太賀くんに罪はないのに。ゲイのみんなも全然悪くない。それなのに、太賀〜となっているゲイの集団を勝手に脳内で作り上げて、それに気持ち悪さを感じている自分が確かに存在している。その事実が重くのしかかり、私は太賀くんを見るたびに思い出す。私には太賀くんを好きという資格が無い。太賀くんへのピュアだった思いは複雑になりすぎて、私自身も制御することができない。彼は余りにも可愛すぎる。魅力的すぎる顔に生まれてしまった。そのことに罪はない。なのに、私はどうして太賀くんの顔をまともに見られないんだろう。太賀くん、太賀くん、太賀くん太賀くん太

 

 

 

「なに俯いてんの?」

 

 

 

 

 

後方から声がした。振り向くと、そこには逆光で暗いが、薄っすらと見える幼い顔があった。

 

「太……賀?」

 

なんでここに?えっ、撮影は?ドラマの仕事で忙しいって言ってたのに、えっ?なんで、てか私、泣いてる。え、やだ。太賀に泣いてるとこ見られた、恥ずかしい。嘘、なんで?なんで太賀ここにいるの?

 

太賀は、いつものあどけない表情で、ズボンの裾を少し捲って立っている。私が泣いてることなんてぜんぜん気にも留めないそぶりで。

 

「さっきからずーっと見てた。お前さ、ずっと独り言のように声に出してんの笑 丸聞こえじゃん。」

 

は?私、声に出てた?今まで太賀のことずっと考えてたの、全部聞こえてたの?

 

「いや、意味わかんない。てかなんでここにいんの、撮影はどうしたの。」

「早めに切り上げさせてもらった。つか、お前もつくづく難儀だよな。こんな、誰もいない屋上の隅っこ見つけて一人で泣くなんて。」

 

昨日、私は太賀と会っていた。JR山手線池袋駅で、ホームから降りる階段の途中の壁掛け広告に、彼がいたのだ。でも私はさっきも言ったように、今更太賀と合わせる顔なんて無い。太賀のことを散々拒絶してきた私に、なんで今更向こうから会いに来るんだ。私は、今一番会いたくない人が会いにきたことが少しだけ嬉しくて、でもその事が酷く後ろめたかった。

 

「私が、どこで何しようが勝手だし、それに、私は今、太賀くんと会っても、上手く話せないし、てかなんか、顔も見れないし、太賀くんの邪魔になるようなことしたくないし、私はもう、自分が悪いってわかってるから、太賀くんはもう私に構わなくて良くて、無視してくれれば良くて、いちいちこっちのこと気にしなくて良くて、太賀くんは仕事が好きなんだから、必要としてくれてる人がいるんだから、そっちを向いてれば良くて、それで、」

 

言い切る前に腕が伸びてきて、私の頭をそっと撫でた。筋肉質で、日に焼けてない肌。抱き寄せられて、シャツから柔軟剤の匂いがはじける。太賀くんはボールドを好んで使っている。確か私も、太賀くんの匂いになりたくて真似したんだっけ。

 

「お前さ、いい加減一人で抱え込むのやめろよ。俺、いつお前のことが嫌だとか言った?迷惑だとか言った?言ってないだろ。お前はそうやって、いつも勝手に俺を避けるよな。俺から逃げるよな。その癖、声かけたら嬉しそうな顔するよな。愛想振りまくよな。すぐ尻尾振るの、見えてんだよ。俺はお前の気持ち、良くわかってるよ。」

 

"わかってる" その言葉だけは、今の太賀から絶対に聞きたくなかった。なにが"わかってる"だ。私の気持ちを知っておいて、いつも飄々としてるのはおまえの方じゃないか。顎を触って、とぼけた顔して、私の気持ちに気付いてる癖に、知らないふりするのはおまえの方じゃないか。

 

「わたしが!!!どれだけ、あんたに振り回されてるか!全然知らない癖に、知ろうともしない癖に!!なんでいつもそうやって、私の気持ち知ってる癖に、こうやって優しくしてくるの……」

 

語気が弱まる。情けない。私はいつも、彼に本気でぶつかれない。いつだって、太賀のことを意識してしまう。彼に怒られるのが怖い。見透かされるのが怖い。失望されるのが怖い。

 

「おまえはそうやって俺を責めるけどな。おまえが本当に気にしてるのは、俺じゃないだろ。」

「え?」

 

太賀に言われたことに戸惑った。なにいってんの。私は、あなたのことが好きなのに。あなたのことが好きで好きでたまらなくて、その気持ちをうまく伝えられなくて悩んでるのに。私はいつだって、あなたのことを考えてるのに、私が太賀以外の誰かを気にしてるわけ。

 

「おまえが本当に気にするべきは、アイツなんじゃねえの。」

 

太賀が私の後ろをそっと見る。視線を追った先に人影があった。

 

「…………小鳥さん?」

 

そこには、写真家・川島小鳥が立っていた。見覚えがある。かつて私は、金沢で行われたトークイベントに出向き、そこで川島小鳥の対談を聞いたのだ。彼もまた純朴な顔つきで、世界で起きてる出来事を知ってる癖に知らんふりしたように飄々とした写真を撮る人だ。36℃の生温さ。彼を最初に見たときの印象は、少しだけ体温の低い体を触ったような、そんな感覚だったのを覚えている。

 

「どういうこと?なんで小鳥さんまでここに?てか、さっきの発言なに?私は太賀くんのことが、」

 

好き。その一言が喉に詰まる。

 

「おまえが意識してるのは、俺じゃなくてアイツの写真だよ。」

 

太賀がそう呟いたとき、小鳥さんが下唇を噛んだのが見えた。瞬間、私の視界は歪んだ。小鳥の顔が水に浮いた絵の具のように伸びていき、空の青と混じって淀む。太賀の声が反響する。二人の存在が滲んで行き、朱く焼き付くのが見える。小鳥と太賀がクロスオーバーして、私は忘れかけていた大事なことを思い出した。

 

 

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トークイベントに出向いた際、私は有頂天だった。あの川島小鳥に会える。私の大好きな『BABY BABY』を撮った、あの人に。『明星』の写真集をLoftで買って、浮き足立って向かった先にはなぜか糸井重里もセットだった。その日は、二人の対談だったのだ。

 

糸井重里がいる意味が分からなかったが、私は憧れの小鳥さんに会えて感動して、しばし話に耳を傾けた。二人が何を話していたかはよく思い出せないが、イベント会場にいた男性がほとんど丸眼鏡で無地のセーターを着てたことと、糸井重里が何か言うたびにその人たちがやたらうんうん。と唸っていたことだけは覚えている。糸井重里のフォロワーこと、糸いし者たち。

 

私はそれに少しだけ腹が立って、川島小鳥だけに集中するようにしていた。小鳥さんはやっぱり知的で、堂々としていて、可愛いベレー帽を被っていた。私はこの人をカッコいいと思う。この人のようなまなざしで世界と向き合いたい。世界をわかりやすくすることなく、そのまま切り取るレンズ。強さも弱さも均等に愛することのできる、その審美眼。

 

トークも終盤に差し掛かり、会場の雰囲気も聞く姿勢から、ずいぶんリラックスしたものに変わった。糸井重里が言う。集まってくれたみなさんの中に、質問がある方はいますか?ついに来た、と思った。私は、兼ねてから聞きたいと思っていたことを、川島小鳥に聞いた。

 

「あの、全然関係ないことなんですけど僕『BABY BABY』の写真が好きで、それで聞きたいんですけど、『BABY BABY』に出てくる女の子のこと、普段なんて呼んでるんですか?!」

 

その時、私はどんな顔をしてたんだろう。おそらく恍惚とした、にやけた顔つきだったに違いない。

 

「え、なんで?」

 

返ってきたのは、不審気にこちらを見ている川島小鳥からの言葉だった。

 

すぐに、私は空気を読めていなかったことを察した。会場が一瞬静まって、すぐに糸井重里がフォローを入れるために、なんでだろうね、気になったんでしょうかね?とか言ってくれたおかげで場はまたガヤガヤとし出した。ちなみに、彼女のことはジュンジュンと呼んでいたらしい。

 

 

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その一件以来、私は川島小鳥の写真を見れなくなった。買った写真集もほとんど開けていない。思い出すのだ、あの時の、キモ。と喉まで出かかっているような川島小鳥の表情を。私はなんであんなことを言ってしまったんだろう。いやたぶん、質問自体が悪かったんじゃない。ヘラヘラと、ニヤニヤとしながら聞いたその態度がまずかったのだ。人を人と思わない、舐めた若造の態度。

 

顔が紅潮して視界が狭まる。血液が沸騰しそうな感覚。思い出した。私は写真集『道』の表紙を見た時、それが川島小鳥が撮ったものだとすぐ分かった。むしろその前から、川島小鳥が何度か太賀らしき人物を撮っていた様子も見かけていた。太賀が川島小鳥に撮られるという事実は、私が無かったことにしていたかつての記憶を思い出させた。小鳥との苦い記憶。歪んだ自意識を忘れさせてくれる太賀という隠れ家は、一瞬にして居心地の悪い自罰的なものに変わってしまった。

 

それをふたりに見透かされていた。とっくにバレてたのだ。私が本当に意識していたもの。私自身でさえ気付いていなかったもの。好きだけど嫌いだったもの。認めたくなかったもの。それは太賀ではなくて、川島小鳥の方だったのだ。

 

「やっと気づいたんだね。」

 

小鳥さんが口を開く。

 

「思い出しました。本当に、あの時はごめんなさい。私どうかしてました。その後ムシャクシャして、なんだよ!写真版村上春樹のくせに!!とか言って八つ当たりしてごめんなさい。本当にいい写真を撮る方だと思っています。ずっと感動してたんです。でもそれを本人に伝える方法を、もう少し考えなくちゃいけなかった。」

 

そこまでいうと、小鳥さんはひゅるりと身を翻して飛んだ。背中には二対の羽が生えていた。

 

「行っちまったな。」

 

太賀が呟く。私の服にはまだほんの少し、太賀の匂いが残っている。目を細めて、小さくなっていく小鳥さんの影を見つめる太賀。

 

「ありがとう。太賀くん、私太賀くんのおかげで本当のことを思い出せた。」

 

私がそういうと、バツが悪そうな顔して太賀が顎を触る。いつものポーズだ。

 

「お前、ほんといっつも自分の言いたいこと言うよな。」

 

それはにんげんとしてのほんのうだよ。いつもならこう言い返すところだけど、今日はいい。やっと、彼に対して素直になれたのだから、少しは喜ばなければ。

 

「あのね、太賀くん。」

 

太賀が目だけで私のほうを見る。

 

「私、太賀くんのことが」

 

その先を言おうとすると、太賀は口元にそっと人差し指を立てた。

 

「悪い、こういうしんみりした空気苦手なんだわ。じゃ、そろそろ撮影のスケジュールあるから俺はこれで。」

 

太賀も飛び立った。私の足元には、二人が残した羽が何本か落ちている。本当に彼ははぐらかすのが上手だ。いつもなら、なんでなんでって怒っちゃうんだろうな。ふしぎだ。今日はそんな太賀くんのことがすごく可愛く思える。人は素直になると、ちょっとだけ身軽になるのは何故なんだろう。

 

私は落ちている羽の一本を拾い上げた。光で透き通る繊維。まばらに光ってきれい。少し間をおいて、私はこう呟いた。

 

 

「太賀くんのそういうところ、"好き"だよ。」

 

 

 

 

 

--"本記事は特定の人物をモチーフにしたフィクションです。モチーフとなった太賀さん、川島小鳥さん、糸井重里さん、村上春樹さん、佐々木希さん、そして、セーラー戦士の皆様。本当に申し訳ありませんでした。"--

 

本記事の総太賀数:61