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就活失敗したゲイだけど死なずに生きてる 4

冬季講習でかなり自信がついた私は、そこから次の春季講習まで地面から1センチくらい浮いていた。たぶん、天使の輪っかもあった。学校生活で認められず、自分の見た目も好きになれない日陰者。そんな私に、1番が与えられたのだ。もっと褒められろ。見返してやれ。お前は秀でている。見下してもいいんだ。そんな天界からの声が聞こえる。私はだんだん、気持ち悪い言動をするようになっていった。

 

ある日、インターネットで炎上した。

 

私のネット歴は小5の時から始まる。友達の家で『赤い部屋』を見せられて、腰を抜かした。狂ってると思った。その後、もう一度見たくなり母に交渉した。

 

「今のご時世、家族用PCが無いと時代遅れ。」

 

そう嘯いて、小さなノートパソコンを買ってもらったのだ。

 

当時はおもしろフラッシュが全盛期。ドラえもんサザエさんなど、国民的アニメキャラが理不尽に暴力を振るう様は見ててスカッとする。中にはプロと見紛う作品もあった。面白フラッシュ倉庫Flashアニメの作者のホームページ→個人サイト巡りという道筋をたどり、深淵に身を埋めていく。すぐに2ちゃんねるの存在を知り、毎日覗くようになる。

 

そこは悪意の鍋底だった。黒い羽の生えた子供達がひそひそと、噂話をする庭園。奇妙な実のなる木を指差して、私を唆かす。

 

「果実を1つもいでみなよ。美味しいよ、ほら。」

 

子供達は私の手を引っぱる。簡単に手に入った、血のような赤色。ガリッと音がして、彼らが蛇に変わる。

 

「お前は、天使なんかじゃないんだよ。」

 

嗤い声と共に空から矢が降り注いで、私は楽園から追放された。

 

生活は荒れに荒れた。元々熱中すると周囲の声が聞こえなくなるのも相まって、母に深夜、寝なさいと何度も注意される。しかし、慣れっこだったのでみんなが寝静まった後は流れるようにパソコンを再起動した。家族に聞いても返ってこない答えを、インターネットは教えてくれる。

 

R18の規則を破り、呆れるほどエロコンテンツも漁った。ゲイだったが、それを確信したのは偶然BLサイトを見つけてから。美男子が、筋骨隆々の男の裸を弄っている。艶やかに頬を染め、喘ぎ声をあげる様子がフルカラーで描写されている。衝撃だった。世の中には、まだまだ私の知らない世界があるのだ。

 

私は男で、男の体に欲情する。それは世間的には後ろめたいことだったが、中学までの私は鈍感だったので特に気にしてなかった。試しに同級生にゲイだと言ってみたこともあったが、冗談と思われ流された。

 

中学3年の時、pixivでイラスト投稿を始めた。理由は暇だったのと、私でも描けそうと思ったから。ペンタブは中1の時にねだって買ってもらった。小さいが、Photoshopの廉価版が付いている。最初は個人サイトのお絵かき掲示板に版権キャラの絵を投稿して、堕天使と名乗るくらいだった。その後オリジナル作品で勝負できるフィールドを見つけて、欲が膨らんだ。ケモナーの存在を知ったのだ。

 

ケモノとは、半獣半人のキャラのこと。その愛好家をケモナーと呼ぶ。

 

モナーには男性同性愛者が多いと言われている。オスケモ、メスケモとはっきり区別されるが、主観では7割以上がホモ絵師。ロリショタマッチョ四肢欠損催眠などの一般的なエロ漫画の趣向は、ケモノキャラにもそのまま適用できる。ケモノならではのエッセンスとして、人間のブレンド具合で個性を出せることが挙げられる。マズル(動物の口の部分)の長さ、人耳とケモ耳の采配、体毛量の調整、手足やペニスは動物or人間どちらにするか…。絵描きの力量が試される。

 

ゲイのイラスト界隈も別にある。ケモナーは人間キャラに興味ないと思われがちだが、そんなことはない。しっかりゲイ同人もチェックしている。稀に、ケモノしか受け付けない!人間なんてキモい!とのたまう輩もいるが、私はあれ嘘と思う。ゲイでケモホモが苦手な人は確かにいるが、その逆は有り得ない。なぜならケモホモは萌え絵に似た文化だから。ズーフィリア(動物性愛)は現実の動物に欲情するが、ケモナーは違う。動物に興奮したとしても、それは性欲ではなく承認か、単なる庇護欲。動物要素は味付けでしかなく、目当ては人間の体なのだ。ケモノは二次元なので裏切らない。現実逃避にちょうど良い。

 

ヒトホモ、ケモホモ。どちらも、いかに男をエロく描くか。それが絶対評価となる世界。

 

pixivのタグに"ゲイ"があったため、最初は野球青年などを描いていた。しばらくして"ケモノ・獣人"タグの人気が凄まじいことに気づき、主戦場を移した。

 

私の絵はどうやら人気があるようだった。プロフィールに年齢を絶対載せたかったので、R18を露骨に描くことはしなかった。それでもすぐにブクマがついた。ブクマの数が投稿を重ねるたび、少しずつ増える。その内、検索結果を数ページ遡っても1番ブクマが付く絵を描けるようになった。

 

ある時、他のケモノ絵師からメッセージが届いた。

 

ペンネームは伏せるが、魚類の名前だ。魚類は既にケモノ界隈では有名なようで、肥満体型の絵を描いていた。第一印象は、馴れ馴れしい。チャットもやけに流暢で、グイグイこちらの身辺情報を聞き出してくる。

 

「ほんとに高校生?絵、上手いね。やっぱりゲイなの?俺もだよ。君の絵好きだな。俺ケモノ絵師の知り合い多いよ。もし話したい人いたら声かけるけど、どう?仲良くしようよ。」

 

私は、美大出身の絵描きがいたら受験のことを相談したいと魚類に伝えた。2人教えてもらう。どちらも、ケモノ界隈で神絵師と崇められる人だったのですぐわかった。

 

1人は武蔵美で、1人は藝大を目指す浪人生。しかも、カップルらしい。ええー!!!と当時は感動したが、よく考えるとかなり気持ち悪い。絵師の裏事情を知ると、作品もいかがわしく思える。2人ともちょっとタッチが似てるのだ。高め合ってるのだろうか…。

 

魚類から、当時流行っていたメッセンジャースカイプ(今で言うLINE)で武蔵美の連絡先を聞き、コンタクトを取った。

 

絵描きの連中は、大抵が陰気だ。社会生活での鬱憤を絵で発散していることが多く、捻くれている。武蔵美は一見、普通の人だった。しかし、界隈の内輪ネタになると途端に饒舌に語り出す。

 

「あの人とあの人は付き合ってる。あの人は絵は上手いけど性格がな〜。こいつには気をつけて、前に金盗まれたって奴がいたから。あの子はアニメの専門行くらしいけど、あの画力で?って感じ。本人には言えないけど、正直ヤバいよね。将来どうするんだろうね。君は進路、よく考えたほうがいいよ。」

 

知ってる名前がポンポン出されるので、なんで他人のことをそんなに知ってるんだ?と思った。絵描き同士の内輪ネタも興味はあったが、交流に意欲的にはなりたくなかった。高校生のくせにガッつくと、ビッチと思われそうで嫌。私は昔から、素直になるのが苦手だ。

 

武蔵美は受験生時代のデッサンを見せてくれた。正直、拍子抜け。描き込みは足りてないし、なんかボヤけている。写真にしても、コントラストがなさすぎる。イラストはあんなに人気なのに。絵が上手いからといって、デッサンも上手いとは限らないことを知った。おれは製品だから…と謎の言い訳もしていたが、その後は連絡を取ることはなかった。

 

魚類に声を掛けられたことをキッカケに、ネットで知り合うことへの抵抗が減った私は、少しずつ欲を出すようになる。

 

モナーの世界は、画力でヒエラルキーが決まる。写真は存在しないので、絵描きがいないと成り立たない。そのため、上位の絵描きは宮廷画家のように扱われる。画力の次は、作者のルックス。たまに絵が下手なのに取り巻きが多い人がいるが、そういう人は大抵本人がゲイ受けする容姿だ。私の絵はブクマは多いが、自分から交流しないと知名度を図るものさしが少ない。客観的に見て、自分はどれくらい人気があるのだろう。順位づけされたくて仕方ない。

 

周りが羨ましかった。みんなTwitterでリプライ飛ばし合ってて楽しそう。私は田舎で1人なのに。絵は人気でも、現実の私は寂しい。最初は上手くなっていく過程だけで満たされたけど、物足りない。現実でふれあいたい。もっと絵描きと知り合いたい。私も仲間に入れて欲しい。

 

欲望を抑えきれず、1人で東京に行く決心をした。そう、コミケだ。

 

ケモノはゲイの世界では大手のジャンルだ。BLに近いので、同人誌も流通している。人気サークルともなると結構な稼ぎになる。同人に誘われたこともあったが、いきなりは怖いのでスルーした。まずは買い手として参加する方が気楽だった。

 

当時チャットしていたケモノ絵師の大学生(22歳)に、家に泊めてくれないかとお願いした。名目はホテル代の節約だったが、下心もある。なんでもいいからゲイの人に直接会ってみたかった。

 

母には観光と伝えたが、当然怪しまれる。

 

「変な人とメッセージしてないよね?」

「大丈夫、してないよ。ネットカフェとか泊まるから心配しないで。」

 

たぶん気付いてたんだろうけど、母からそれ以上の追求は無かった。

 

 

 

 

高2の夏。東京。

 

初めてのコミケは、最悪だった。まず旅費。夜行バスで行ったが移動費だけで一万を超える。痛手すぎる。バス降りてからも、駅が迷路。切符の買い方もわからない。ビックサイトに向かう電車では足が浮いた。混んでて臭い。こんなに人が多い場所は地元には無かった。ネットの人に会うのも緊張する。なにもかも初めて。少し歩いては立ち止まり、上を見上げていた。

 

半端ヤケクソでテンション上げた。合流したのは、大学生の知り合いのケモナーグループ。軽く20人はいて、ひっくり返った。多すぎる。みんなやけに距離が近く、ボディタッチが激しい。抱きあってる人もいる。

 

全員男性で、おそらくゲイ。年齢層は20-40代。チェックシャツにリュック、ポロシャツにジーンズ。中には蛍光色のシャツにホットパンツの格好もいて、キューティーハニーみたいだった。1番の衝撃は、何人かの尻に尻尾が生えていたこと。虎や、狼を模したアクセサリーを尻に付け、腰で歩くケモナーたち。揺れる尻尾を後列の人がワシャっと掴み、モフモフ〜と声に出す。

 

完全に異世界に迷い込んでしまった。

 

とりあえず自己紹介した。みんな私の活動は知ってるらしく、中にはファンだよと言ってくれる人もいた。私の絵を携帯の待ち受けにしてる人もいて、出世払いで焼肉おごってあげるよ〜と言われた。心許し掛けたが、相手は大人。大学生やオッサンばかりの集団で、1人ぎこちなかったと思う。そんな私にみんな構ってくれたが、体には触れないようにしていた。

 

会場も不快。ビックサイトまで結構歩くし、待ち時間もかなりある。汗を拭いながらやっと会場に着いたかと思いきや、ケモナーグループは一目散にお目当てに向かっていき、私は1人にされた。

 

年齢を聞かれなかったので、本はふつうに買えた。しかし、1番の目当ては表紙がエロすぎる。恥ずかしくて並ぶ勇気がない。仕方ないので大学生に声掛けて、代わりに購入してもらった。計5千円の出費。

 

驚いたのは、女性がいたことだ。明らかなゲイ向け本なのに、店子にも買い手にもちらほらいる。彼女らもケモホモが好きなのだろうか。

 

コミケの後は、打ち上げを兼ねてカラオケに行くことに。20人いるのに、全員に主体性がないので場所決めに1時間ほど掛かった。カラオケでも、1人1曲のみ。みんなアニソンか、ビジュアル系を歌っている。デジモンの曲は特にウケが良かったが、私のレパートリーにそんなのない。悩んだ挙句、なぜかYUIのCHE.R.RYを入れた。

 

甘酸っぱい恋愛ソングが響く。みんなポカンとしてた。たぶん、これじゃなかったんだろうな。歌ってる途中みんな雑談してるか携帯みてるかだし、終わったらわざとらしく拍手された。そんな建前なら要らない。逆に辛いからやめて欲しい。

 

その後は、家が近い人同士別れて解散した。

 

 

 

私は大学生と一緒に厚木で降り、彼の家に向かう。部屋の中は地味。モノトーンの中に、青色のゲームリモコン。家具もほとんどなく、敷布団とテレビ、本棚くらい。殺風景だし、掃除も行き届いていなかった。

 

男性と2人きりで泊まるのは初めて。大学生はお世辞にもモテそうとは言えないルックスで、性格は気弱。2人で買った同人誌を開いて読む。

 

彼の本棚には過去のコミケの戦利品が並んでいて、中には私の読みたかった本もある。昔は収まりきらないほどあったが、卒業を控えて整理するためにかなり捨てたのだとか。厳選された蔵書はぬめらかな光沢がある。中身は全部エロ本って考えると、ちょっと面白い。

 

最初は目線も合わせないようにしていた。自然と距離をあけて座る。しばらく、気まずい空気が流れる。

 

「エロい。」

 

同人誌の気に入ったページを見て、私は独り言を言った。反応はない。

 

「見て、この人のエッチまでの描写、エロくない?」

 

思い切って聞いてみた。大学生は読んでいた本を置き、こちらに近づいてくる。

 

「この人、いいよね。絵柄が好き。」

「うん、エロいね。」

「エロいよね。」

 

2人で本を覗く。まだ体は触れていない。こういう時、どう空気を持って行ったらいいんだ?

 

今日初めて顔を見たので、向こうがどう思っているかはわからない。少なくとも、私は彼がタイプでは無い。だからこのまま何も起きずに帰ることになっても、それはそれで仕方ないとも思っていた。彼もガチムチが好きだと言っているし、私のことなんてタイプじゃないだろう。私たちは絵だけで繋がっている関係。共通の趣味で盛り上がるだけの、ただの群れ。

 

わざわざ自分から踏み込むことはない。

 

「寝ようか。」

 

大学生は言った。

 

 

 

 

部屋の明かりが落とされる。パソコンのブルーライトで青白く照らされ、壁に大きな影が横切る。

 

シングルサイズの布団に、2人で寝そべった。夏だが、クーラーで冷えているので掛け布団を被る。触れようと思えば、すぐの距離。

 

「初コミケ、どうだった?」

 

大学生に聞かれた。

 

「良かった。本も買えたし、ネットで人に会うの怖いと思ってたけど、みんな優しかった。大学生さんがいなかったら、ホテル借りなきゃいけなかったし。」

「あー、うん。ホテル、高いもんね。」

 

声だけで会話する。呼吸で布団が上下する。

 

「大学生さんは、卒業したらどうするの?東京で働く?」

「自分はまだ就職決まってなくて。お金も心配だからどうしようかと思ってる。もしかすると実家に帰るかも。」

「そうなんだ。理系だから、就職できそうなのに。」

「自分は情報系だし、そんなにいい大学じゃないよ。プログラミングも齧ってるけど、手応えないし。向いてないのかな…SEで食べていけるのは天才だけだと思うよ。」

 

弱気だなと思った。でも、就職って全く想像つかない。自分が働くイメージも持てないし、就職が決まらない人の気持ちもピンとこない。

 

「大変だね。頑張ってね。」

 

私は励ましのつもりだったが、どうかな。あまり、会話に集中できていない。すぐ近くに男性が寝ているという事実で脈が速くなる。手がじんわり汗ばむ。

 

ハードディスクがカリカリと音を立てる。かすかな振動に耳をすませる。

 

大学生は寝たのだろうか。いや、呼吸が整っているので、寝たふりだと思う。このままだと、向こうからは何も言ってこない。寝れば、なにごともなく朝になる。また昨日までと変わりなく、地元に戻ってまじめに過ごす日々だ。退屈な日常。1人で東京に来て、知り合いの家に泊まっているのに、このまま終わってしまう。ここまで行動したのは初めてだ。今日を逃したら、次いつこういう機会が来るか分からない。なんのために来たんだ。なにかを変えられる気がしたんだろ。大人になりたくないのか。勇 気 を 出 せ。

 

心臓が跳ね上がるのを抑える。体が火照る。布団の下で呼吸が浅くなる。大学生は、私に背を向けて寝ている。言うしかない。言うしかない。言うしかない。言うしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「抱きついていい?」

 

 

 

 

 

 

 

大学生の体がピクッと動いた。数秒、間があったと思う。

 

「いいよ。」

 

返事を聞き終わる前に、私は大学生の背中に腕を回していた。初めて抱く、人肌。想像してたより暖かい。無我夢中でまさぐる。大学生がこちらに向きを変えた。互いの顔がすぐの距離。息遣いが聞こえる。触れてない部分がないくらい、体を密着させる。暖かい。暖かい。暖かい。

 

下半身に血液が集中していく。頭がぼーっとする。太ももに、硬いものが当たる。

 

これは、私がずっと欲しかったものだ。何度も何度も妄想してきたものだ。想像よりずっと小さい。布越しに、表面を撫でてみる。すごく熱い。手を入れると、ぬるぬるしている。下腹部に貼り付いて、弾力がある。ああ、これが、これが触りたかったのか。私のではない、誰かのこれが。脳みそがじんと疼く。意識が飛びそうになる。

 

もう、どうにでもなれ。

 

私は布団に潜り込み、膨らみに顔を埋めた。口の中に広がる、塩味。ああ、あー、あーーーーーーーーー。

 

こんなんで、いいのかな。初めての相手をこんな適当に決めて、よかったのかな。会って1回目で、こんな。こんな。みんなも、こんな風にやってるのかな。もっと大事にも、できたんじゃないかな。ちゃんと昼間に会って、順序立てて、ドラマみたいに告白して、指輪を貰ってさ。カレンダーに印を付けて、待ち遠しいなって思うことも、できたんじゃないかな。

 

あーー、あーーーーーーーーー、あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 

知らない。聞こえない。順番なんて知るか。とにかく、目の前の体が欲しい。魂なんて要らない。満たされたい、満たされたい、満たされたい、満たされたいんだよ。寂しいんだよ。我慢なんて、出来るわけないだろ。こうでもしなきゃ、一生出会えないんだから。東京に生まれてたら、こんなことをしなくて済んだかもしれない。ノンケに生まれたら、もっと違う人生だったかもしれない。家がお金持ちだったら、そしたら、そしたら。

 

あーーーーーーーーー、あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 

私は今、とても罪深いことをしてるんだろうな。禁断の果実を齧った、哀れな天使。約束を、破ったんだな。羽は根元から変色し、抜け落ちて枯れ木のよう。毒を盛られた天使は、もう飛べない。私は悪くない。騙されたんです。私に罪はない。悪いのは、唆したあいつらなんです。そう地上から喚いても、蛇となった彼らは藪の中。今頃ケラケラ笑ってて、私のことを惨めだと思っているんだろうな。指差してるんだろうな。可哀想に。無知ゆえに、自分の恵まれた立場に気がつかず、隣のあの子に文句を言う。身の程知らず。みっともない。

 

なにかが押し入ってくる。私がほぐれて剥き出しになる。痛い。痛い。痛い。

 

うっすら目を開けると、豚がいた。ぶくぶくと太って、鼻をひくつかせている。脂汗と、吹き出物の跡。こいつ、こんな顔してたのか。気持ち良さそうに前後して、その度に顎肉がピチッと鳴る。私は今、誰かの役に立ってるんだな。これは、社会を良くするためなのかも。私はこのために生まれてきたのかもしれない。

 

血で濡れた布団。真空パックのお腹。熱いものが顔まで飛んで、壁に印をつける。待ち遠しいね、おめでたいね。名前は何にしよう。私の初めて。あなたも初めて。ね、名前は?

 

私の悪意が、産声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャワーを浴びているとき、私の中から何かが漏れ出しているのがわかった。心に空いた、黒い穴。ぽっかりとした空洞から、どぶ色の水が滴り落ちる。ズキズキと痛い。

 

ふと、鏡を見ると知らない人が映っていた。

 

「誰だこいつ。」

 

片方のほっぺだけで笑ってみる。鏡の中の誰かも動いた。

 

「初めまして、よろしくね。」

 

そう言われた気がした。