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必見!藝大アニメの良すぎな作品11選

みんな大好き東京藝大。

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藝大の大学院にはアニメーション専攻がある。割と新しくできた専攻で、アニメは商業文脈だけではなく芸術の一つであり、学問としての貴重性があると認められ、成立した。最近ではゲーム専攻なんかもできたみたい?

 

今回はその藝大院生が作ったアニメーションの中で私が良いと思ったものをまとめたいと思います。たまにはブログらしいことしようと思う。んで、それぞれの感想をそれとなく書いていくよ。それでは。

 

 

『死ぬほどつまらない映画』

 

まずは比較的わかりやすいものから。キャッチーで明快な絵面の中に、静かに燃える不穏さが滲み出ている。もともと人が持つ暴力性というか、協調性のなさがはっきりと描かれており、気付いたら四本耳のうさぎに感情移入しちゃってる。誰しもが感じる、『空気』に対する不自由さを、ぶち壊してくれる快感は他のアニメからは得られない。もっと暴れてほしい、もっとわがままなところを見たい。そう思わせてくれるような作品だった。

 

 

『Mind Room』

 

これは、私が劇場で見て感激した作品だ。ゴミ屋敷に住む女性が、"内"と"外"を行き来する様子を淡々と映している。具象を描いているようでその実、精神性というかかなり抽象的なままならなさをその生活ぶりから読み取ることができる。フェルトの質感で誤魔化されているが、この女性はかなりギリギリだ。崩壊寸前の自我を会社に行くことでなんとか保っているような、見ていられなさがある。しかし、そのことに特に悲観的になるわけでもなく淡々と、「行ってきます。」と呟く姿はまさに現代の日本人の生真面目さを如実に表しているだろう。感激しすぎてキーホルダー買いました。

 

 

『まゆみ』

 

これも、非常に良い。両親から愛されて育ったはずの物質的に恵まれた少女が、なぜか孤独の檻に閉じこもってしまい、誰もそのことに気づかない。吐き出される"まゆみ"の文字だけが線虫のように蠢き、行き場のない感情を表している。宝石のように煌びやかな少女性とは、こうした絶対零度の孤独と同居することで発現するのだろう。表面だけをなぞるような「かわいい」を、散々言われ続けてきたのだろう。美を持って生まれてしまった者の定めのような、ある種の哀しみを読み取ることができた。

 

 

『I'm here』

 

私はいわゆる『すごい』アニメというのはそんなに好きじゃないのだが、この作品は入れざるを得なかった。この宇宙は全て、真っ暗闇の中で爆発が起こったことにより始まった。空間は広がり、その中で小さな点のようなものが結合し、やがて複雑な形を持つ生命として独立していく。アニメーションの語源は命を吹き込むという意味だ。そんなプリミティブな、学問としてのアニメーションを堅実にやっているようで、眩しい。命の始まりと終わりが音楽に合わせて表現され、タイムラスプの映像を見ているような錯覚がある。

 

 

『月夜&オパール

 

はい、私の敬愛するシシヤマザキさんの作品です。とっても、良い。ボーカルも本人で、退屈そうに歌うところがまた良い。なんていうか、良いものって余所見感があるよなあ。作品が鑑賞者を見ていないというか、勝手に現れてどこかに行っちゃうような、"当たり前"しか存在しない感じが好きだ。歌詞の中に「塩味の肉」とあるが、それが蛆に分解されていく表現が退廃的。最後に四本足の動物になった女性は、おそらく滅びに向かうのだろう。というか、私たちって全て滅びに向かっているよなということに気付かされる。

 

 

『ズドラーストヴィチェ!』

 

天才。もう本当に、好き勝手。これ以上ないくらいに滅茶苦茶。だがそれが良すぎてたまらん。タイトルはロシア語で「健康で、お元気で」という意味。作中に出てくるロシア語を話すおじさんの言うことはいちいち含蓄があり、わかりやすく言えば『じーん』とする。「のんびりしないとさ、なーんもわからないよ。なんもさ、しなくていいんだよ。」いつまでも、このおじさんのような人が元気で生きられるように祈る。

 

 

『おでかけ』

 

はっきりとはわからないが、実はものすごいことをやっている。粘土を潰しながら作ったのだろうが、その動きを見ていると産まれたての赤ちゃんがはいはいしてる感じではらはらする。汚しながらご飯を食べるところとか、コップを倒しちゃうところとか、コートが上手く羽織れていないところとか、全部愛らしい。暴風雨はきっと人生の荒波なのだろうし、それを乗り越えた先で他者と混ざり合う。生きるってこう言うことだよなあ。私たちってほんと、全然大丈夫じゃないよなあ。

 

 

『日々の罪悪』

 

まず第一に、人を感動させるのに技術的な複雑さというのは必要ない。この作品の良さはそこではない。掴めそうで掴めない、ありのままな感じが良い。他人の日記を覗き見たような小さな幸福と、罪悪感。うーん私も!ってどこかで納得させられるような生活っぷり。本って別に読まなきゃいけないものじゃないのに、知識人になりたくて読んじゃう。そういうところがかわいい。韓国フェミニズムの本が売れる理由がわかる。みんな疲れているのだ、肩の力抜きたいのだ。そんでたらふく酒飲んで、泣きたいのだ。

 

 

『パモン』

 

私はこの作品は、藝大アニメーションにおける一つの特異点になったと考えている。ファンシーで夢のような楽園を描いておいて、急に弱肉強食のサバンナの掟を見せつけられる。でっかくなったと思ったら、みんなで歌って踊り出す。そもそも、なんで胸毛生えてんだよ。意思疎通の方法おかしすぎるだろ!……ツッコミが追いつかないし、でも見終わった後はたまらない幸福感に包まれる。宇宙人が人間を見たら、きっとこう言うふうに映るんだろうな。とんでもねえ作品だよ。

 

 

『ワタヤ』

 

日常の一瞬を切り取る、という意味で写真みたいな作品だ。私は大勢の前で緊張した経験はあまりなく、どちらかというと好きな人の前で緊張してしまうタイプなのでこの主人公に共感はできないが、ただこうして映像として見せられると、あがり症ってかなり辛いんだろうなと思う。手が血管だらけになる描写とか、汗?で固着していく感じとか、あー、生々しい。シンプルな着眼点を見事に落とし込んでいて、デザイン性を感じる。あっぱれ!

 

 

『えんえん』

 

説明できないが、なんか良い。技術的なすごさは全くないが、語られる詩とループするアニメーションは真に迫るものがある。「いつか終わるの嫌だ。猫のままえんえん生き延びたいよ。」切迫感と、切実さ。誰にもわかってもらえないようで、誰しもが持ってる感情。必要とされなくても必要としたいし、わかりあえなくてもわかりたい。矛盾した感情が叫びのように伝わってくる。なんていうか、美しい作品だ。

 

 

 

 

 

 

 

ここに挙げた作品以外にも良いものはたくさんありますので、ぜひみなさんの良いを見つけてみてください。そんで、どれが好きだったか教えてくれると嬉しい。アニメを志す人の中には言葉にすることを嫌がる人も多いのだけど、私は言葉も好きなので、そうしてみました。言葉にすることで、自分ってこういうふうに感じてたんだな〜と、はっとすることが多い。美しいや愛してるみたいに、責任が伴う言葉ってみんな使わずに、かわいいとかに変換しちゃうけど、君の審美眼を笑う人なんて誰もいないよ。そっち向いちゃいけないよ。引き合う孤独の力を信じて、物事をやっていきましょう。