がみ日記

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就活失敗したゲイだけど死なずに生きてる 16

アイデンティティ・ボックス』直訳で自分らしさの箱。私の大学で、3年次の最初に言い渡される課題だ。

 

自分らしさをテーマに作品を作る。タイトルに箱とは付いているが、別に箱にしなくてもいい。メディアも自由で、形状・大きさも自由。とにかくなんでもいいから自己表現しようという課題だ。三年に上がってカリキュラムが発表されたときに、私はこの課題をアニメーションで表現することを既に決めていた。

 

高校時代に持っていたゲーム機、NintendoDSに動くメモ帳というアプリケーションが入っていた。中身はパラパラ漫画を自分で作れると言うもので、簡易的ではあるが色も載せられたり、音をつけることもできる。私はそれでMVを作っていた。

 

音楽に映像を付け、それらに身体性を持たせ、リズム良く刻むことで気持ちの良い映像にする。昔からそういったことに憧れがあった。映像作家のアニメーションMVを観ながら、自分ならこのシーンはこう描くだろうとか、このシーンは他に真似できない格好良さがあるなとか、そういったことを考え密かに興奮していた。主に時間芸術と呼ばれる、時間軸そのものを表現する行為は、平面で行う彫刻のようなものだ。時間軸という奥行きを与えられると作業時間は跳ね上がる、が、それ以上に観る人に没入感を与えることができる。それまでイラストやデッサンしかしてこなかった私は、漫画やアニメといった時間芸術に心を奪われるようになっていった。

 

誰かを骨の髄から感動させる、そんな表現が私にもできたらいいのに。

 

高校時代のアニメは家族にだけ見せていた。私の唯一の兄妹である妹は、私の作ったアニメをひどく気に入り、1日に何度も再生しているようだった。次はこの曲で作って、とオーダーを出されることもあり、気が向いたときに作ってあげていた。

 

そして、美大にも卒業制作をアニメーションにする生徒が一定数いることを知っていたので、私は自分の表現の場はアニメにあるのではないかと薄々感じ始めていた。しかし、テーマが決まらない。

 

この課題は制作期間が1ヶ月以上ある長期的に取り組む課題だ。私たちは、最初の1週間でまず"好きなものファイル"という、自分の好きなものを切り貼りしたスクラップブックを作るように言われた。なんでもいいから、自分の好きを集めて、そこでテーマを見つけなさいと言うことだ。各自完成した好きなものファイルを持ち寄って皆の前でプレゼンをする。1人10分程度の時間が与えられ、感想や作りたいものへの思いを言葉にし、テーマを掘り下げていく。

 

私は、ファイリングで悩むことはなかった。なぜならずっとpixivを趣味でやっていたから。私のお気に入りには好きな絵がずらりと並んでおり、それらを印刷して切り貼りするだけであっという間に一冊のファイルが好きなもので埋まった。

 

私の好きなものは、退廃的だった。色味は鈍色をしたものが多く、胡乱な目をした人物が、項垂れるようにしてポーズを取っている。荒廃した瓦礫の建造物に、少女が物憂げな顔をして佇んでいるようなもの。小さな光の粒が光線となって、中央の丸い幼児が描いたような顔に吸い込まれていくもの。眼窩が顔の半分くらいある女性が口から赤いリボンを出しながら寝そべっているもの。これらが表すものを考えた時に、答えは一つしかなかった。

 

私はプレゼンで、自分が抱いている希死念慮の話をした。クラスメイトはどよめいていた。当然だろう、いきなりそんな重い話をぶちまけられたら、誰だって動揺する。しかし、私はあくまで、肉体的に死にたいわけではなく、そういう得体のしれない影のような存在に強く惹かれてしまうのだということを話した。

 

20分以上は話したかもしれない。時間をオーバーしながら深刻な顔をして話す私に対して、クラスメイトの半数以上は退屈そうに、早く自分の番が回ってこないかと思案しながら聞いていたのだろうと思う。プレゼンの最中熱が入りすぎて自分が何を話したのかも忘れていたが、全員の発表が終わった後声をかけられた。

 

「ファイル、もっかい見せてよ。」

 

私のファイリングに興味を示してくれた女子生徒がいた。それほど仲がいいわけでは無く、クラスメイトとして可もなく不可もない関係を築いていた生徒だった。私は、こんな自分の私的な部分を纏めたファイリングが誰かの興味を引くということに些か鈍感だった。もう一度、ファイルを開いて見せる。pixivの独特なイラスト界隈の文化に初めて触れるのだろう、興味津々で中身を見られ、少し気恥ずかしかった。

 

「がみーは、死にたいの?」

 

女子生徒がおもむろにそう言った。私は反応に困り、その子の顔は直接見ずに言った。

 

「いや、死にたいというか……死みたいな漠然とした影にずっと追われてる感覚があって、それを表現したいとは思ってる。」

「そうなんだ。いや、私も死にたいってよく思うから、共感する部分があるなと思って。」

 

意外だった。その子が、とても死にたいと思っているようには見えない子だったからだ。

 

私はその子と少しばかり話をした。その子も片親家庭で、家族というものにあまり良い思い出を持ってはいないらしい。私はほとんど初めて話す彼女の過去に対して何かを差し伸べられるわけではなかったが、私のファイリングに興味を持ってくれたということに対して誠実に向き合おうと思い、真剣に話を聞いた。しかし、傷の舐め合いにはならないように気をつける。私は死にたいと思っていたが、死にたさで安易に繋がる関係に危機感を持っていた。同情されたいわけではない。この背に這う呪いのような影の正体を、私は知りたいだけなのだ。

 

「作品、楽しみにしてるね。」

 

私は女子生徒に挨拶をし、教室を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好きなものファイルの発表が終わり、私たちは教授とのグループミーティングに参加していた。3年次以降の大きな課題は、中間プレゼンを挟んで一つの大きな作品に仕上げていくので、教授との相性も大事になる。私は幸いなことに話しやすい教授のグループになった。教授がグループメンバーの一人一人に対して、作っていきたい作品のビジョンを発表するように提案する。皆、小脇に各々が作った好きなものファイルを抱えている。

 

私はテーマを『死についてのアニメーション作品』に絞っていることを伝えた。教授は、ではストーリーはどうするのかと聞いてきた。そこで私は、予々から実行しようと思っていたプランを話した。

 

恩師の武田鉄矢先生が授業で言っていたことがある。

 

「私の友人に1人、臨死体験をしたという奴がいてね。そいつの話が面白いんだ。皆は、死について考えたり、感じたことはあるかい?」

 

周囲の生徒がペン回しをしたり、こそこそ雑談をしたりする中、鉄矢先生は話を続けた。

 

「まぁ、君らの年齢で死を考えるなんてことは、身内に不幸があった時くらいだろうからね。分からなくても無理もない。それじゃあ、どんな話だったかを語ろうか。」

 

鉄矢先生は深く息を吸い、語り始めた。

 

「まず、男は大きな事故に遭った。交通事故だったか、転落事故だったか、それは定かではないがとにかく大きな事故だ。男は一瞬で意識を失った。次に目を覚ました時、彼は自分が広く暗い空間の中をずーっと落ちていく最中だった。上下左右も曖昧な暗闇の中、ひたすらに落ち続ける。温度は少しひんやりとしていて、決して寒くはないが暖かみはどこにも無い、そんな空間だったそうだ。」

 

私はその話を聞いた時、宇宙空間の中を1人の孤独な男性が落ち続けていく絵を想像した。星と星の間に広がる渺渺たる暗黒空間。そこを等速直線運動する人間の躯体、生足、柔らかい首元、たおやかな視線。ぶるりと人体が動いた。

 

「男は落下し続けていた。それはどこまでも続いていくかのように思えたが、ある時、自分の底の方からほのかに空間を照らす、一筋の光が見えた。その光はだんだんと大きくなり、やがて男の周囲を柔らかく包み込んだ。男は目を閉じ、自分はこのまま死ぬんだと、そう諦めかけたそうだ。しかし、次に目を開いた時、男は不思議な場所に立っていた。そこには海原が広がっていた。生き物の声はしない、波の音だけが静かに打ち寄せる水面。男は一瞬、ここが天国なのかと思ったそうだ。しかし、現実離れした出来事にしては、やけにリアリティを持って現れた景色に、違和感を覚えた。おれは死んだのか、だとしたらこの感覚はなんだ、動く手足はなんだ、なぜ呼吸ができる、なぜ瞬きをしているのだ、と。自問自答を繰り返す男はふいに、自分の背中の方から差し込む光に気づき、振り返った。」

 

教室が静まり返る。幾らかざわついていた生徒も、話に耳を傾け始めたようだ。

 

「振り返った先、遥か向こうに島があった。ただの島じゃない、黄金に輝くそれはそれは美しい島だったそうだ。深緑の樹々が蔦を伸ばし、絡まり、真っ白い砂浜を覆う。その上を、空に虹が掛かるようにして光が降り注ぐ。あまりの光景に目を奪われた男は、瞬きをする。すると、ぼやけて見えていた島全体が、まるでスノードームの中にある造形物を隈なく覗き見るように、鮮明に見えたそうだ。男はその島に吸い寄せられるように体を一歩近づける。手を伸ばし、島に立ち入ろうとする。しかし、急に怖くなったのだという。」

 

鉄矢先生は、掛けている眼鏡を外しジャケットの内ポケットからハンカチを取り出すと、それで眼鏡を拭いた。少しの沈黙の後、目線を窓際に寄せるようにして、続けて話し始めた。

 

「おれはこのままあの島にたどり着いたら死んでしまうかもしれない。そう男が思った瞬間、島の反対方向から男を強く引っ張ろうとする力が働いた。大男に脇腹を抱えられるような巨大な力が、男を背中の方に引き寄せる。男は手を伸ばすのをやめ、その力に身を委ね、もう一度目を閉じた。目を覚ますと、男は病院のベッドの上にいた。随分と長い間意識を失っていたようだったが、男からしたらほんの半日程度の出来事だったように感じたそうだ。男は自身が体験したその出来事を、様々な人に話した。家族、友人、職場の人達……皆、口を揃えていうのはその引っ張られる力というのが、私たちが今生きているこの世界からの力で、男が手を伸ばし掴もうとした光り輝く島は、死の象徴だったということだ。人は死に瀕すると、自身の心象風景を見るという。男の場合はそれが広い海と輝く島だった。」

 

心象風景。よく画家は自身の心の中にある風景を絵に映す。それは現実の景色でなくてもいい、心の機微に素直に、思うまま表現すればいいのだ。私はまだ高校生だったのでこの話を聞いた時にそこまでのことを考えることはできなかったが、少なくともぼうっと居眠りしながら聞き流せるような話ではなかった。語っている鉄矢先生の目も真剣そのものだった。

 

「さて、長々と話したが皆はこの話を聞いてどう思ったかな。死ぬのは怖い、苦しい、辛い。そう思うのは身近な人が亡くなる恐怖や寂しさから来るものだが、どれも他人が思うものだ。実際に臨死体験をした人物にとって、それは一概に負のイメージだけでは語れないとても不思議な体験だったと私は思うよ。」

 

確か、高校一年生の時の初めての美術の授業だったと思う。先生は自己紹介をしてから、すぐに臨死体験の話をした。なぜその話を初対面の私たちにしたのかは分からなかったが、先生なりに死生観というものを私たちに考えさせるきっかけとして、そんな話をしたのだろう。

 

教授達とのミーティングで、私はうろ覚えだったその話をした。話していくうちに、だんだんと私が描くべきストーリーはこれなのだろうと思った。しかし、その為にはもっと鉄矢先生と話す必要がある。私の恩師なのだから、伝えなければならないことが沢山残っている。私は鉄矢先生に会って話を聞いて、そこから制作をスタートさせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久々に戻った地元の空気は乾いていて、息を吸うたびに涼やかな草木の匂いがする。春も終わりに差し掛かった頃。実家に帰るつもりはなかったので家族には連絡を取らず、私は鉄矢先生に直接電話をして合う約束をしていた。駅前で合流した先生は、少し古めかしいデザインの深緑色の車に乗ってきて、相変わらずスマートにジャケットを着こなしていた。私は彼の運転する車に乗り、岩瀬という港町に向かう。そこに先生の行きつけの喫茶店があるそうだ。

 

車は往来をゆらゆらと進んでいく。辺りは背の低い長屋の建物が集まり、開けた道路には電柱は取り除かれ地下に埋められているのだろう、整備された地面が広がっている。雲ひとつない真っ青な空に手をかざし、梅雨前の日差しを受け止める。血潮が透き通るように指先から手首までを橙色に染め上げている。春も終わり、これから夏に向けて少しずつ気温が上がっていくのを実感する。

 

先生は西洋風の真っ白い三角屋根の建物の前に車を止めた。建物には角度を変えると虹色に光るステンドグラスが嵌め込まれており、磨りガラスになっているのか外からは中の様子を伺うことはできなかった。木目調のドアを開けるとキィと音がして、私たちは薄暗い建物の中に入った。日差しが差し込み、ドアの奥にあるテーブルを明るく照らす。すると、奥から初老の男性が出てきた。先生とは顔見知りな様子で、軽く挨拶を交わすと二階の席に行くように案内された。私達は螺旋階段を登る。壁にはピアノやジャズのコンサートのポスターが貼ってあり、室内はコーヒーの匂いで満たされて頭が酔いそうになる。

 

二階にはテーブルが二つしかなく、私たち以外に客はいないようだった。先生が窓側、私が階段側に座る。初老の男性が後から上がってくると、私たちに注文をとった。私はアイスティー、先生はブレンドコーヒーを頼んだ。

 

店内はBGMが無く、静かだった。午後の柔らかな光がガラスで分散され、先生は逆光となって私からは表情がよく見えない。今日私が会いに来た理由を、ただの制作の相談だと思っているのだろう。しばし近況を話す。三年生に上がったことや、バイトを新しく始めたこと、最近の制作の結果などを朗らかに、笑いながら話す。先生もつられて笑った。

 

飲み物がテーブルに静かに置かれる。お互いに一口飲んでから、一息ついたのちに先生は話し始めた。

 

「それで、坂上の聞きたいことというのは以前私が話した臨死体験をした男の話だったね。」

「そうです。それをアニメーションで再現したくて、絵コンテにするためにまずはストーリーとして組み立てようかと思って。……でもその前に、まず先生に話しておきたいことがあるんです。自分がなぜ、死について強く惹かれてしまうのか、それを考えた時にどうしても逃げられない問いにぶつかるんです。」

「問い?」

 

鉄矢先生は目を丸くしながら尋ねた。

 

「最近、ずっと悩んでます。美大に来て制作をしていると常に、自分は何者でどこからやってきたのだろう、なにを成さねばならないのだろうって、背中に影のようなものが蔓延っていて、ずっしりと重いんです。人は悩みにぶつかると、自分のルーツを探ると思うんですけど、僕はルーツを掘り下げる段階で、人と決定的に違う部分があるなと感じています。」

「それはアイデンティティの問題だね。」

「そう、まさに僕が今与えられている課題です。アイデンティティ・ボックス。このテーマを与えられた時に、今の自分に思いつくのは死しかなかったんです。死にたいって、今でもふとした時に思います。死にたい死にたい消えたい消えたいって、破裂しそうな感情に覆われることがあります。でも同時に考えます。なぜこんなにも死にたいんだろうって。」

「それは、坂上の言っている人と違う部分という話に繋がるのかい?」

「……そうです。僕はまだ鉄矢先生に伝えてないことがたくさんあります。今日はそれを伝えに来たんです。」

 

そう言ってアイスティーを口に含むと、前歯の方に流し、歯の神経で冷たさを直に感じながら喉を鳴らして飲み干した。食道を伝って降りてくる冷ややかさ。胃の内容物にそれらが混じり合って、やがては吸収され栄養となる、そのことが酷く気持ち悪く思えた。

 

「僕、ゲイなんです。男だけど男が好き。先生は知らなかったと思うけど、隠してたわけではないんです。ただ言うタイミングが無くてここまで来てしまっただけで。」

 

私はこのタイミングを待っていた。爆発するのではなく自発的に、ある種の計画性を持ってして、誰かにこのことを伝えるのは初めてだった。だが思いの外緊張はしなかった。一番言いにくかった母へのカミングアウトを既に済ませたからだろうか、事前に振ったコーラの瓶を開け泡が溢れ出るように、私の口からは言葉がすらすらと出てくる。

 

ほとんど一方的に話した。ゲイであること、彼に振られたこと、母にカミングアウトしたこと、バイトが上手くいかなくてクビになったこと、そのせいで今、自分を見失って苦しいのだということ。たった2年ほどの間に起きた出来事は、先生を戸惑わせるには十分すぎる量だったように思う。先生は押し黙って時折頷き、そうか……と呟いた。先生はもう60歳近い年齢だから、相当ギャップはあっただろう。だが私の目をじっと見たまま、一切目を背けなかった。教え子がゲイだという事実を受けて、先生は私のことをどう思っていたんだろう。

 

その日は日が暮れるまで喫茶店にいた。私が長い自己紹介を終えても尚、先生は倦厭するそぶりもなく私の話に注力してくれた。臨死体験の話をもう一度丁寧に教えてくれた先生に対してお礼を言い、クロッキー帳にメモをする。店内は薄暗く、先生は夕日を背中から浴びてもう影しか見えない。飲み物に入っていた氷が溶け、水になる頃、私は先生の合図を元に帰路についた。

 

帰りの車の中で先生が、自分がゲイに痴漢されたことがあるという話を笑い話として振ってきたとき、私は愛に性別は関係無いですよと少しムッとなって返したことはよく覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日から約3週間でアニメーションを作ることになった。私はまず先生から教えてもらったストーリーを文章にし、時系列に並べ紙に出力した。そしてその文章の横に絵を描き、絵コンテを作った。絵コンテとはアニメーションの設計図のようなもので、この段階で完成が見えていないと制作を始めても碌なことにならない。教授にも見せてOKを貰う。後はひたすらPCと向き合って作画をする作業なのだが、これが全くと言っていいほど進まない。初めて本格的に作るアニメーションだったのでやり方がわからず、紙にアナログで作画したものをPCにスキャンし、なぞって仕上げるという工程を踏んだのだが、単純に作画を二度しなければならないのでかなりの手間だった。なおかつ私は作画を進めるにつれて憂鬱な気分が増し、身体は重くなりベッドからほとんど動けなくなっていた。呪いなのだろうか。しかし、動けないと言っても締め切りは近づく一方。

 

呻き声をあげるが、作画は進まない。私はアニメの主人公を自分の分身にしたかった、だが人間で描くと生々しくなりすぎるため、その頃よく描いていたシロクマをモチーフにキャラを設定し、作画をしていた。砕氷の上に乗る孤独な目をしたシロクマ。それに自分を投影しながら描いていると、あたかも自分自身が真っ暗な闇の底に沈んでいくような気持ちになるのだ。吐き気を催しながら画面に向かう。

 

気分は最悪だった。当時の私の体験を振り返って思うのが、死のアニメを作ることで遠回しに自殺をしていたということだった。死を追体験するアニメと鼓舞しながら、その実私自身が最も身近にアニメーションを描くという自傷行為をしていたのだ。一枚一枚、描くたびに精神が擦り切れそうになる。疲労感と嗚咽が混じり、瞳孔は開いて目の焦点が合わない。食事もまともに取れず、体重は日に日に目減りして肋骨が浮き出てくる。風呂場の鏡で自分自身を見た時、即身仏みたいだなと自嘲した。

 

それでも、やらなければならない。プレゼンまで1週間を切ったあたりから私はもう作画は間に合わないと踏んで、編集に取り掛かった。今までに描いたものに色をつけ、データとしてまとめ上げたものを動画編集ソフトに移し、並び替える。音楽配布サイトから拾ってきた著作権フリーの音楽をつけ、流れが不自然にならないように組み立てる。何度も何度も再生を繰り返し、プレゼン前日にようやく形になってきた。前もって決めておいたタイトルのロゴを作って、画面にはめ込む。

 

締め切り当日、発表には後輩達も見にきていた。私は骸骨のような痩けた頬をして、小枝のように細い手首を動かしながら3学年分の生徒の前でプレゼンをした。自分がかつていじめられていた経験や、バイトがうまくいかなかったことなどを話した。だが、自分がゲイであるということは言えなかった。言わなかったから、伝わらなかった。

 

プレゼンは失敗に終わった。コメントシートと呼ばれる感想が書かれた紙をもらうのだが、そこに書かれていた同級生の『怖い。』の一言が今でも忘れられない。私のしたかったことは、ただの独りよがりだった。誰にも伝わらず、本当の気持ちをわかってもらえずただ苦しんで、死ぬ勇気もないくせにのうのうと生きてる自分自身を痛めつけたかっただけの、ただの自傷行為だった。

 

そんな行為の結晶は、未完成のまま終わった。プレゼンに間に合うように動画としては完成させたのだが、本当に作りたかった、描きたかったところまでは素材が足りなかった。前日に無理やり動画を暗転させ、終わらせたのだ。結果的にそれは主人公のシロクマが死んだように見えてしまったが、もちろん本意ではない。ただもう、私にはその作品を完成させる意欲も根性も持ち合わせてはいなかった。

 

鉄矢先生にもできたアニメーションは見せた。だが、やはり反応は芳しくなかった。当たり前だ、自分が描きたかったものとは違う、未完成のものを見せているのだから、当然だろう。私のアイデンティティ・ボックスは、ただ自傷行為を人様の前に晒す最悪な終わり方で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうどこの頃、私はpixivで新しいアカウントを作り、そこに彼との出来事を思い出しながら4点ほどのイラストを載せた。今までの自分にはないくらい率直に、男性2人が絡み合う様子を描いた。幸か不幸か、それは今までにないほどの反響で私に返ってきた。私の絵を褒め称える、賛美の声。私はこんなにも評価される自分の場所があるにも関わらず、実生活で上手くいかない自分の制作と対比して、素直に喜べなかった。ゲイであることを素直に表現できたものはみんなが喜んでくれるのに、どうして私は素直になれないんだろう。捻くれて、死にたいなどと考えてしまうのだろう。ゲイであることに素直になるとは、どういうことなのだろう。

 

当時の私は入り組んだ袋小路の中にいた。戸惑い、葛藤する日々の中で、琥珀のように黄金色をした生への執着心が、私を突き動かす。死にたいけど痛いのは嫌だ。痛いくらいなら死にたくなるような日々も生きて、生きて、精一杯生き抜いてから死んでやりたい。泣いても何も変わらない。叫んでも誰も助けにこない。ただひたすら、あのシロクマが落ちていった真っ暗なトンネルの中で天命を待つように落ちていくだけだ。そしてその先に、針の穴のように小さな一点の光が見えたころ、ようやく私は生の苦しみから解放される。

 

輝いて、一瞬。あの島に手を伸ばして、私を呼び止める声を聞いた。私はその声がなかったら、きっとあのアニメを完成させて、それで自殺は成功してしまっていたかもしれない。だからあれは失敗して良かったのだ。私の運命は狂っていない、狂っていない、狂ってなんかいない。失敗じゃない、あれは、次の作品への布石になる。

 

変わらない現実に狼狽えながらも、一歩ずつ前に進む。じりじりと這い出すように、明日に手を掛ける。そうして自分を慰め、また生きようと強く思えるくらいの気持ちで日々にしがみ付く。ただ生きている、それだけで救われるなら私の生まれてきた意味はあったのかもしれない。私がゲイで、傲慢な自尊心をもった人間だとしても、それだけで死にたいなどと口を裂いてでも言えないように、毎日を強く強く生きていきたい。

 

後ろめたさはずっとある。未だに、ゲイである自分を肯定できていない。掛け替えのない大学生活という眩しい時間の中で、これだけはどうしても譲れないのだ。私は、一種の自殺とも呼べる課題をこなした後、自身の次の目標をゲイをカミングアウトするということに定めた。一部では無く、全部に、私の思うままを曝け出したいのだ。そしてそのことが、私の人生を大きく狂わせることになったとしても、もはや構わなかった。行くところまで行こう、そこが地獄の果てだったとしても。

 

私のアイデンティティはそこにあるのだから。